【Serendipity @ engawa 第一回】吉川染匠 / 吉川博也氏インタビュー
#ギャラリースペース
今回より【Serendipity @ engawa】と題し、engawaという場で出会う多彩な人々にお話を聞くインタビューシリーズを開始します。
第一回は、2022年7月11日〜7月29日まで、engawa KYOTOのギャラリースペースで、染雅アート 吉川博也展「艶・縁・宴」 が開催されました。(現在は終了しております)
イベント概要 → https://engawakyoto.com/event/event_739/ (engawa KYOTOサイトに遷移します)
今回はアーティストである吉川博也氏に今回の展示や作品に関するインタビューにお答えいただきました。
京都の手描き友禅の吉川染匠の4代目 吉川 博也氏
今回お話をうかがった吉川博也氏は、京都の手描き友禅の吉川染匠の四代目。初代である博也氏の曽祖父は、日本画家である兄から独立し、染屋を始めました。以来、吉川染匠では140年にわたり、京都手描き友禅の伝統的工程にこだわり、様々な技法の京友禅を制作し、京都室町の卸問屋に納めてきました。
先代や先々代は型紙を使用する「型友禅」をメインに制作してきましたが、四代目博也氏は「手描き」にこだわり、これまでに習得・継承してきた高度な独自技術を効果的に融合させることで、他にはない着物を創り出しています。
今回ご紹介するのは、その高度な染めの技術を活かしたアート作品。着物とは全く別次元の、手描き友禅の新たな魅力に出会うことができました。
京友禅の染色アートパネル
今回engawaギャラリーに登場したのは、6枚の正方形のアートパネル。90㎝角なので結構大きく、ちょうど半畳の畳のサイズ。京友禅特有の糸目による繊細な線、金銀箔の華やかさ、鮮やかな色彩によって染色されたアート作品です。
展示会の様子
まず一目見て、その大胆な構図に圧倒されます。
「染雅アート」と名づけられた通り、京友禅着物に通じる華やぎと品格が感じられます。
大輪の菊の花。孔雀のような繊細な羽根。渦巻く水をデザインした格式高い観世水の文様。
通常の反物の2倍以上の幅のパネルに描かれたその柄は、とてもパワフルで新鮮に感じられました。
作品を俯瞰して眺めてみると……
そこから少し後ろに下がって少しフォーカスを変え、しばらく眺めていると、なんと!どの作品の中も「女性」が隠れていました。
バスト、ヒップ、唇・・・。
古典的な友禅染で用いられるような絵画的な草木や花鳥模様をあしらいながら、デザインのモチーフは女性の身体になっています。
テーマは「色気」~女性の美
吉川氏のアート作品に込めたメッセージは「色気」とのこと。
作品展のタイトルにもあるように女性の「艶」―つややかさ、あでやかさが上品に表現されています。
吉川氏が「陰」じゃない「陽」のセクシーさが好き、とお話された通り、どこかエロチックな雰囲気を保ちつつも淫靡な感じではなく、女性としての自信に満ちあふれた、そんな女性像を感じさせてくれました。
そこには「着物は女性を美しく見せるもの」「素敵な着物で自信をもって出かけてほしい」という思いで女性の美を見つめてきた、吉川博也氏のまなざしが感じられます。
作品名「TSURU ASHI UME NYOTAI」
作品の中で特に目を引いたのは、「TSURU ASHI UME NYOTAI」とタイトルがつけられたこの作品。
網タイツをまとった女体が、何本もの鶴の脚に支えられています。「今にも破れるんじゃないかという危うさ」がドキドキ・ハラハラ感を掻き立て、さらに艶っぽさを醸しだしています。
お話を聞くと、この下から上へと延びる脚の形。伊藤若冲の鶏の絵のモチーフやタッチを参考にしたといいます。
現代アートでありながら、どこか古典的な雰囲気。日本画家の源流を持つ吉川家のDNAがこの作品の中には息づいています。
染匠はマエストロ~染色アートはチームプレイ
京友禅は、江戸時代に京都で扇絵師として活躍していた宮崎友禅斎が、扇の絵柄を着物に染めたことに始まると言われています。
町人文化は華やかなころ、裕福な奥様方は「鹿の子絞」の着物を着るのがステータスでしたが、幕府が贅沢を禁止する奢侈禁止令を発し、総鹿の子絞りの着物が取締りの対象となったことで、取締り対象外の友禅斎デザインの着物がとても流行しました。
後に、糊置きで防染する、のびやかな線が特徴のこの技法が「友禅」という名称で定着しました。
ヒト・モノ・カネが豊富な京都の友禅は分業制で制作されています。それは10以上の工程に分けられており、それぞれの職人が刺繍や金箔などのさまざまな技法を開発し、京友禅は発展してきました。
京友禅にはさまざまな技法がありますが、中でも吉川染匠は「ぼかし染め」「絞りと友禅の併用」といった高いスキルが必要な技法を特徴としています。
分業制の職人をまとめ、最高の着物として仕上げるべく、さまざまな工程を組み合わせ作り上げるのが「染匠(せんしょう)」と呼ばれる人の役割です。
注文いただいたお客様に満足いただける着物を生み出す総合プロデューサーであり、職人たちに糸目の引き方から染め色までの細かい指示を出すクリエーティブ・ディレクターでもあります。染匠はしばしば、オーケストラを指揮し、さまざまな楽器の奏者を束ねて、素晴らしい音楽を奏でるマエストロに例えられます。
下絵の段階から仕上がりのイメージを明確に持ち、「匠の技」を持つ職人たちをまとめ上げて、ひとつの作品に仕上げていく。今回のアート作品においてもそのプロセスは変わりません。
作品名「AKA NO SONO」
染めの技法は、白いキャンパスに絵を描くように色を置いていくのではなく、何度も染めを重ねながら理想の色を作り上げていきます。
これは「AKA NO SONO」という作品。5回以上にわたってさまざまな色を染め重ねることで、この深みのある赤ができるのだと、途中のプロセスを見せていただきました。染め重ねた色が最終的にどんな色を発するのか。それを計算するのも染匠の技です。
油絵は上へ上へと立体的に塗り重ねていきますが、染めは色を重ねていくことで奥へ奥へと深みがでてくる。この作品を見た美術家が「染め」という技法をそんな風に評価したと、伺いました。
京友禅の未来へ
そもそも吉川氏がアート作品をつくるきっかけとなったのは「アートフェア東京」に出かけた時のこと。
吉川氏は近年、ファッションについて語る場がなくなった、服を楽しむ文化が薄れてきたと感じていました。
昔は店員が商品について説明したり、コーディネートなど教えてくれた。しかし、今は複製を作るのが簡単な時代になり、ネットショップやセルフ販売の浸透で手軽に商品を手に入れることができ、商品を説明(媒介)する人がいなくなった、ということらしい。
「アートフェア東京」で、作家、出展者、観覧者が作品を通じて楽しく語り合っている光景を見て、素敵に見えた、自分もやりたいと感じた、といいます。ファッションもそもそもこうだったはず!
しかし、工芸(技術)とアート(表現)には間には開きがあり、自分には友禅染の確かな技術あるが、メッセージ性がない、負けていると感じた、といいます。
では自分はアート作品を通じて、何をやりたいのか、表現したいのか。ギャラリーのアドバイスをもらいながら、さんざん考え悩んだ挙句に、これらの作品が生まれたのだといいます。
行きついたのは着物づくりと同じ「女性を美しくしたい」という気持ち。自分の考える女性の色気、セクシーさ、艶をテーマに作品づくりを始めました。
今年6月の東京・天王洲gallery UG Tennozでの個展、7月のengawaギャラリーでの展示を経験して、いくつかの気づきがあったといいます。
アートはメッセージ性が重要だと思い悩んていたが、展示を見た画商たちからは「圧倒的技術で素直に勝負すればいい」「鍛錬した人でないと勝ち取れない自由がある」とその技術を高く評価されたこと。
そして何よりもうれしかったと吉川氏がいうのは、「アートブームの中、従来のアクリル画、油絵、日本画ではない、新しい《染》という手法がでてきた。」との評価をもらったこと。吉川氏は、アートに新しいジャンルを切り拓いたのです。
今後の計画をきいてみたところ、このデザインで着物をつくってみたいという答えが返ってきました。京友禅の伝統的な古典柄の枠を超えて、着物のデザインを変えていきたい、といいます。
吉川氏は今後も2年に1回は個展をやりたいと意欲を見せています。次回はどんな作品で眼福をいただけるのか。今後の作品が楽しみです。